「借金がある」
伝えなければならない。そう思いながらも、俺は喉の奥まで出かかった言葉を、何度も血を吐くような思いで飲み込み続けていた。
家族にとっては、何も変わらない日常が流れる日々。
なかなか言い出せず悶々としていた休みの前日の夕食時、父が明るく誘ってきた。
「明日、3人で釣りに行こう」
母が作った温かい料理。テレビから流れる日常の音。
胸が詰まりそうになりながら、俺は「うん、いいよ、行こう」と心なく答えるのが精一杯だった。
楽しそうに笑う二人の顔が、正視できない。
この幸せな空気を近い内に「木っ端微塵」にぶち壊すのは、他でもない俺なのだ。
この日も、言えなかった。せめて今だけでも、二人の笑顔を壊したくなかった。
眩しすぎる海と、届かない謝罪
翌日、3人で海へ向かった。
俺の暗い心とは裏腹に、空はからっと晴れ渡り、夏の日差しが容赦なく降り注いでいた。
何も知らない父と母。久しぶりの家族での釣り。
二人はそんな穏やかな時間を心から楽しんでいた。その屈託のない笑顔を見ていると、情けなさと申し訳なさで、涙がこみ上げてきそうになる。
なぜだか分からないが、普段はほとんど写真を撮らない俺が、こっそり二人の姿をスマホのカメラに収めた。
確実に今のままではいられない――そんな修羅場の訪れを予感して、無意識に「今の二人」を留めておきたくなったのかもしれない。
(ごめん、本当にごめん……)
笑顔の二人の写真を見て、さらに溢れそうになる感情を殺しながら、心の中で何度も繰り返した。だが、その声は虚しく波音にかき消されていった。
俺はその日、いよいよ言わなきゃならないと、地獄へ向かう決意を固めた。
決戦の夜、「250万」の衝撃
その日の夜だったか、あるいは数日後のことだったか。
夕食の席で、俺はついに「話がある」と切り出した。
あまりに神妙な俺の様子に、異変を感じたのだろう。父が心配そうな顔で聞いてきた。
「いい話か、悪い話か……?」
「悪い話だよ……後で、二人で部屋に来てほしい」
「えー、なんなのよー?」
不安げに俺を見つめる二人をよそに、俺は味のしない夕食をそそくさと終え、自室に逃げ込んだ。
しばらくして、母が部屋にやってきた。
逃げ場はない。俺は震える声で、ためらい続けたその一言を絞り出した。
「実は……借金がある」
「ええっ!? いくら!?」
「……250万くらい」
「ええーーっ!!!?」
母の悲鳴と驚愕が混ざった叫び声が、家中に響き渡った。
まだ離れた場所にいた父に向かって、母が裏返った声で叫ぶ。
「借金があるんだって! 250万だって!!」
「ええっ!? いくらだって!!?」
地獄の時間の始まり
そこからは、文字通り地獄の時間だった。
俺を待っていたのは、これまで聞いたこともないような両親の怒号と、罵詈雑言の嵐だった。
「何に使ったんだ!」
「あんなに自由にさせてやったのに!」
「あの時、こうしておけばよかったのに……!」
怒り、失望、そして後悔。
二人がぶつけてくる言葉の数々が、鋭いナイフのように俺の体を切り刻んでいく。
もちろん自業自得だ。ただただ俺が悪い。どれだけ罵倒されても文句は言えない。
それでも、めちゃくちゃに言われ続ける時間は、俺にとっても耐え難いほど辛かった。俺だって、なりたくてこんな依存症になったわけじゃない。あの時間は、もう二度と思い出したくもない。
だが、一番の地獄を味わっていたのは、信じていた息子に裏切られた両親の方だったに違いない。
「250万円」
「うちの息子に限って、そんな馬鹿な真似はしないだろう」
そんな根拠のない、けれど温かい信頼を、二人は無意識に抱いていたはずだ。
その信頼を粉々に打ち砕いたその数字は、俺の大切な家族を、一瞬にして地獄へと叩き落としたのだ。

