高校時代の成績は芳しくなかった。それでもネットゲームに明け暮れる日々の中で、唯一のモチベーションは「県外の大学へ出て、一人暮らしをすること」だった。
そのモチベーションを糧に、流石の俺もネットゲームをやる量を減らして勉強した。その努力が実を結び、地方の国立大学の経済学部に合格した。
「経済学」という響きに、他の学部よりは極わずかではあるが興味がある気がしたという程度の理由で選んだ進路だった。
高校時代の進路相談で、当時の担任に言われた言葉を思い出す。
「経済学部で何を学びたいかという明確な目的がないと、何のために大学へ行ったのか分からなくなるぞ」
その時は適当に聞き流していたが、後に俺の人生はその言葉通りになった。経済を学ぶどころか、自分の経済を破綻させる道を選んだのだから。
合格の報せを聞き、当人の俺以上に喜んだのは親だった。
国立なら私立に比べて学費も抑えられる。親からも学費面で国立を勧められていた。もとより学費を出すつもりだった親としては「親孝行な息子だ」と、嬉しく思ったに違いない。
親は俺に不自由させたくないという深い愛で、学費も一人暮らしの費用もすべて出してくれたのだった。
書いていて思う。今振り返れば、俺は恵まれすぎていたのだと。親の深い愛と支援。
今になってようやく、その重さに気づく。
そんな親の愛情を裏切り、後に自己破産して老後まで食いつぶすことになるのだから、この大学生活のスタートは、あまりに皮肉で残酷な「転落の序章」だった。
運命の出会い、N氏
18歳。念願の一人暮らしが始まった。
新入生勧誘の食事会で、一人の男と意気投合した。一浪して入学した「N氏」だ。
歳が近いこともあり、互いの家を行き来する仲になるまで時間はかからなかった。
ある日、俺の部屋でとりとめもない話をしていた時、彼が浪人時代にパチンコやスロットに耽っていたという話題になった。
「……ちょっと、興味あるな」
俺のその一言で、すべてが決まった。
「じゃあ、一度行ってみる?」
その誘いに、二つ返事で乗った。
液晶の向こう側にある「ゲーム」
初めて足を踏み入れたホール。
選んだのは、5号機の初期に出た『新世紀エヴァンゲリオン』だった。アニメは見ていたし、馴染みのあるキャラクターたちが液晶で動くだけで、胸が躍った。
N氏に教わりながら、恐る恐るサンドに札を入れる。
ジャラジャラと出てきたコインを、おぼつかない手つきで一枚ずつ下皿から拾い、投入口へ入れる。隣ではN氏が、手慣れた様子でメダルを数枚まとめて投入口に流し込んでいた。その無駄のない動きに、場違いな「カッコよさ」すら覚えたものだ。
レバーを叩き、ボタンを押す。
その感覚は、今まで部屋でやり込んできたゲームをしているのと、どこか似たようなものだった。
ただ、決定的に違うのは、ボタンを押すたびに「本物のカネ」が削れ、そして増える可能性を秘めているという点だった。
しばらく回していると、わけも分からぬまま液晶が騒がしくなり、人生初の「ボーナス」が確定した。
「『7』を狙ってみて」
N氏に言われるがまま、回転するリールを凝視する。
初めてだったが、意外にも目押しはできた。赤色の『7』が、リール上にスッと並ぶ。
直後、コインが払い出される音が響き、下皿にメダルがジャラジャラと溜まっていく。
「おお……」
何が起きているのか完全には理解できていなかったが、指先に伝わるメダルの重みと、高揚感だけは本物だった。
「終わりの始まり」の分岐点
だが、ビギナーズラックはそこまでだった。
結局、その後は何も引けず、一万円が消えた。
当時の俺にとって、一万円は決して安くない。だが、「明日から少し節約すれば取り返せる」と思えてしまう、絶妙に危うい金額だった。
パチスロやパチンコを初めて経験した人間は、二つの人種に分かれる。
「意味が分からないし、金も時間も失うだけでつまらない」と二度と来ない奴。
あるいは、「負けたけれど楽しかった。次は勝てるかもしれない」と思ってしまう奴。
俺は、後者だった。
もし、この初陣で五万円という大敗を喫していたら、あまりの馬鹿らしさにそこで目が覚めていたかもしれない。だが、一万円という「取り返せそうな損失」と、「自力で7を揃え、ゲーム感覚でお金が出てくる」という体験が、俺を深入りさせる絶好の撒き餌になった。
ネットゲームでレアアイテムを追い求めていたあの執着心が、そのままスロットの液晶へとスライドした。
「次は当たる。次は勝てる」
この感覚は、もう完全に「新しいゲーム」を見つけた時のそれだった。
両親が心から願ってくれた俺の将来。その穏やかなはずの未来は、この日を境に、音を立てて狂い始めた。

